癒し効果

パワーストーンのお陰で修士を無事修了できた。

皆さん、パワーストーンというと皆さんローズクオーツやアクアマリンといったお店のものを想像するかもしれない。
しかし、神社で石のお守りを貰うこともパワーストーンである。
私は、このストーンのお陰で大学院を無事終了できたのだ。
この話を紹介したい。
初めに私は、東北の旧帝大に在学していた学生である。
私は、懸命に研究に打ち込み必死に結果を出そうとしていた。
学位とは努力の結果でできるものであり、それは素晴らしい研究とつながり社会貢献できると考えていた。
その時の私は研究者になろうとし博士課程の進学を考えていた。
この時、私の父は京都に単身赴任をしていた。
東北と京都は非常に遠いため、家族で会えるのは2〜3ヶ月に一回だった。
私は、父が希望をだして単身赴任先に行ったことに対して非常にがっかりしていた。
私達家族は非常に仲が良かったため、単身赴任が早く終われば良いのにと考えていた。
大学4年の時、父が大阪に単身赴任になった。
母はてっきり東北の支店に戻ってくるか、関東で働くと思っていたため、電話口で喧嘩したのだった。
何で戻ってこないのって、言っていたが、後に父が関西から戻って来なかったことが意外なことでわかるのである。
私が大学院1年の3月忘れもしないあの地震がやってきた。
東日本大震災である。
私の住んでいた街はとても大きな揺れを感じた。
幸いにも研究室では有毒な薬品を使用した人がいなかったためけが人はいなかったが研究室は甚大な被害が出た。
しかし、地震が起こった後何を思っただろう、たくさん思ったから正確には思い出せない。
ただ、家にいる母親は無事なのか、実験は、進学しても修了できるのか、友人は大丈夫かそんなことを考えながら私は研究施設の外に出た。
そして、非常用のテレビを見て驚いた。
なんと家のそばにある川の河口で津波が迫っていた。
私は腰を抜かして、しばらく頭を冷やすことに費やした。
歩いて家に帰宅した。
すると家は無事で、母親は近くの小学校に避難していた。
私は母親と一緒に避難生活を送った。
しかし、食料は大変不足しておりとにかく寒かった。
家の電気、水道、ガス全てが止まっているため家に戻っても意味がなかった。
4日目限界に近づいていると父親から連絡があった。
繋がった電話で父は母にこういった。
大阪に来いと行った。
避難生活を続けても体力の限界だと悟った母と私は、高速バス、新幹線を乗り継ぎ日本海側ルートで大阪に向かった。
大阪は、悲惨なあの地震の被害がなく来たときは天国かと思った。
その後、伊勢神宮にも家族で参拝したが、私は住吉大社に行きたいと話した。
大阪で天下一の神社に行きたいと。
父が仕事があったため母と2人で行きました。
清々しい空気の中参拝した後五大力の石のお守りがあった。
五大力とは知識、健康といった人間が生きるのに必要としている力が詰まったお守りである。
この石を願いながら袋に詰めて持ち帰ると願いが叶ういう事が書かれていた。
そのため、私は心をこめて石を詰めた。
無事に学位が取れて研究者の道に進めますようにと心から祈って、そして、障害を乗り越えて成長出来ますようにと思いながら石を入れた。
その後、色々と大変なことがあったものの奨学金を獲得し、無事終了して博士課程に進学することが出来た。
今ではパワーストーンのおかげだと本当に感謝している。

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